鳳凰と麒麟の瑞獣思想――天下泰平を告げる霊鳥・霊獣と古代日本の国家祭祀・工芸意匠
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天下泰平の使者――古代東アジアが夢見た「瑞獣」の世界
青空の彼方から五色の瑞雲が棚引き、甘美な調べのような鳴き声とともに金色に輝く霊鳥が舞い降りる。地上では、蹄(ひづめ)の下の生きた草を傷つけぬよう宙を歩む神聖な獣が静かに歩を進める――。古代東アジアの世界観において、これらは国家に仁徳高き名君(聖天子)が君臨し、天下に平和が行き渡ったときにのみ現れるとされる最高位の吉兆、「瑞獣(ずいじゅう/瑞祥の霊獣)」の姿であった。
その頂点に君臨するのが、「鳳凰(ほうおう)」と「麒麟(きりん)」である。
龍、亀とともに古代中国の「四霊(しれい)」に数えられたこの二大霊獣は、単なる空想上のモンスターではない。宇宙の運行(陰陽五行説)、王道政治の倫理規範、そして人々の幸福への切なる祈りが幾重にも結晶した、極めて洗練された「道徳的・宗教的イコノロジー(図像学)」であった。
飛鳥・奈良時代の古代日本は、この瑞獣思想を熱狂的に受け入れた。元号を「朱鳥(あかみとり)」や「神亀」へと改元して国家の吉祥を祝い、仏教寺院の頂に鳳凰を戴かせ、正倉院の宝物にその優美な姿を刻み込んだのである。日本文化を華麗に彩ってきた瑞獣の深層に迫る。
ここで混同されやすいのが、四方の方角と季節を司る「四神(ししん・東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武)」と、天下泰平の徳を称える「四霊(しれい・麟、鳳、亀、竜)」の違いである。四神が天地の空間秩序を守護する軍事的な防壁であるのに対し、四霊は為政者の倫理的達成(徳治)に対して天が下す最高位の承認の証であった。瑞獣が現れるということは、その統治が天意にかなっていることの絶対的な証明だったのである。
極楽浄土の象徴として大棟に輝く「平等院鳳凰堂の金銅鳳凰」(国宝美術イメージ)
鳳凰の図像学――五色を宿す鳥の王と平等院の極楽浄土
「鳳凰」は、古来すべての鳥類の長とされる霊鳥である。厳密には「鳳(ほう)」が雄、「凰(おう)」が雌を指し、雌雄一体となって陰陽の完璧な調和を体現する。
中国の古代文献『爾雅』や『説文解字』によれば、鳳凰の姿は様々な動物の美質を複合した驚異的なキメラとして規定されている。前は麟(麒麟)、後は鹿、首は蛇、尾は魚、背は亀、顎は燕、嘴は鶏に似ており、その身体には「青・赤・黄・白・黒」の五色を備えている。この五色は五行(木・火・土・金・水)に対応し、身体の各部位が「仁・義・礼・智・信」の儒教の五常の徳を表しているとされた。
鳳凰は梧桐(アオギリ)の木にしか棲まず、竹の実(竹の子ではなく竹の花の後に結ぶ稀少な実)のみを食し、醴泉(甘い清水の湧く泉)の水しか飲まないという、極めて純潔で気高い生態を持つ。
日本において鳳凰が放った最も眩い輝きが、天喜元年(1053年)、関白・藤原頼通によって建立された京都・宇治の「平等院鳳凰堂(中堂)」である。末法思想が世を覆う中、西方極楽浄土の阿弥陀如来の宮殿を地上に再現したこの建築の中堂大棟(屋根の両端)には、一対の金銅製の鳳凰が据えられた。夕日を浴びて金色に輝く鳳凰は、現世の苦しみを脱し、西方浄土へと魂を導く永遠の光のシンボルとして、千年の時を超えて今なお旅人を魅了し続けている。現代の日本の最高額紙幣である一万円札の裏面に平等院鳳凰堂の鳳凰が描かれているのも、この平和と至福の記憶の継承なのである。
虫も踏まず生草も折らない仁義の霊獣「麒麟」(伝統神獣イメージ)
仁獣「麒麟」の徳――生草を踏まず虫も殺さぬ慈悲の化身
鳳凰が鳥類の長であるならば、地上を駆けるあらゆる獣類(毛虫・獣)の頂点に立つのが「麒麟」である。鳳凰と同様に、「麒(き)」が雄、「麟(りん)」が雌を指す。
麒麟の姿は、鹿の体、牛の尾、馬の蹄を持ち、頭上には先端が肉で包まれた角(肉角)が一本生えているとされる。恐ろしい武器となり得る角を持ちながら、その先を柔らかな肉で覆っているのは「決して他者を傷つけない」という非暴力の誓いの象徴である。
麒麟の最大の特徴は、その徹底した「仁徳(慈悲の心)」にある。歩くときには地面の生きている草を踏み折らず、生きている虫を決して踏み潰さないよう、足を宙に浮かせて静かに歩む。鳴き声は音階(十二律)に調和し、聖王が正しい政治を行い、民衆に慈愛を注ぐ時代にしか現れないとされる。儒教の祖・孔子の生誕時と死の直前に麒麟が現れたという「獲麟(かくりん)」の故事は、道徳的完成者のシンボルとして東アジア全域に深く刻み込まれた。
現代の日本では、キリンビールのラベルに描かれた堂々たる麒麟のロゴマークとして日常的に親しまれている。明治時代、三菱の創業者一族である荘田平五郎らの発案により、西洋の商標文化に対抗して東洋の至高の瑞獣である麒麟が採用された。よく見ると麒麟のたてがみの中に「キ」「リ」「ン」の文字が隠し絵として描かれていることでも有名である。恐ろしい猛獣ではなく、慈愛と泰平の使者であるという古代の精神が、近代産業のデザインの中に見事に息づいているのである。
ちなみに、現代のアフリカに生息する首の長い動物「キリン(Giraffe)」の名は、明代の中国において鄭和の南海大遠征(15世紀初頭)が東アフリカから持ち帰った実在のキリンを、時の皇帝・永楽帝が「伝説の瑞獣・麒麟が現れた」と大々的に宣伝した故事に由来する。日本でも明治時代に上野動物園へ初来日した際、この故事に倣って「キリン」と命名された。想像上の徳の化身が、悠久の時を経て実在の動物の名へと定着した、東西文化交流の興味深い痕跡である。
正倉院宝物に息づく天平の華麗な瑞獣工芸意匠(伝統工芸イメージ)
正倉院から皇室儀礼へ――日本人が受容した瑞獣の美学
日本における瑞獣の受容は、奈良時代の天平文化において最初の頂点を迎えた。そのタイムカプセルが、東大寺の正倉院宝物である。
聖武天皇の遺愛品である「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」や様々な染織品、鏡の背面の装飾には、鳳凰や麒麟、瑞雲が極めて繊細な螺鈿(貝殻)や金銀の象嵌によって表現されている。これらは単なる異国のエキゾチックな装飾ではなく、聖武天皇が祈り続けた「天下泰平と国家の安寧」という政治的理念の視覚的宣言であった。
さらに平安時代以降、鳳凰は天皇の権威と直結した宮廷意匠として定着した。天皇が即位の礼において着用する「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」の文様には、桐、竹、麒麟とともに鳳凰が織り出されている。また、神輿(みこし)の屋根の頂点に鳳凰が輝いているのも、神霊が地上に降り立つ際の神聖な乗り物としての役割を担っているからである。
荒れ狂う戦争や疫病の恐怖に直面するたび、古代の先人たちは空を見上げ、鳳凰の羽音と麒麟の足音を待ち望んだ。悪を滅ぼす武力ではなく、徳と慈悲によって世界が満たされたときにのみ姿を現す瑞獣たち。その美しい姿には、平和で調和に満ちた社会を希求する、人類共通の永遠の祈りが込められているのである。
江戸時代に入ると、戦乱を終結させて泰平の世を築いた徳川将軍家の権威を象徴するため、瑞獣は建築彫刻の主役に躍り出た。徳川家康を祀る日光東照宮(栃木県)の陽明門をはじめとする社殿群には、五彩に彩られた鳳凰や麒麟の彫刻が無数に施されている。特に陽明門の柱や梁を飾る麒麟や息(いき)の彫刻は、武力による制圧ではなく「泰平の恒久化」を誓う徳川幕府の祈念のモニュメントであった。
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参考資料・出典
- 林巳奈夫『神と獣の紋様学――中国古代の神がみ』吉川弘文館、2004年
- 伊藤清司『中国の神話・伝説』東方書店、1996年
- 東京国立博物館編『正倉院宝物』毎日新聞社、2010年
- 宇治平等院編『平等院鳳凰堂の美』淡交社、2005年
- 尾崎元春『日本の美術 瑞獣文様』至文堂、1982年
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