歌舞伎 塗り絵 3枚セット 01(見本付き)

歌舞伎の舞台機構とケレンの美学――廻り舞台・セリ・宙乗りから江戸庶民を驚嘆させたスペクタクルへ

拍子木(ひょうしぎ)の甲高い「チョン、チョン」という澄んだ音が芝居小屋の隅々に響き渡る。一瞬の静寂の後、大屋根の上で大見得を切る大泥棒・石川五右衛門の姿を乗せたまま、舞台の中央が音もなく半回転し、一瞬にして満開の桜が咲き乱れる吉原の仲之町へと劇的につながっていく――。客席を埋め尽くした江戸の町衆から、地鳴りのような歓声と拍手が沸き起こる。

日本の伝統芸能「歌舞伎」が四百年の歴史のなかで育んできた、世界に誇る総合舞台芸術の精華。その根底を支え続けてきたのが、世界演劇史に先駆けて開発された驚異的な「舞台機構」と、観客を驚かせ楽しませるための奇想天外な演出技法「ケレン(外連)」である。

現代において、舞台が回転して瞬時に場面転換する「廻り舞台」や、舞台床から登場人物がせり上がってくる「セリ」、さらにはワイヤーで役者が客席上空を飛翔する「宙乗り」は、ブロードウェイのミュージカルや大劇場のエンターテインメントにおいて当たり前の演出となっている。しかし、これらの革新的な舞台機構の多くは、18世紀の江戸時代、日本の歌舞伎劇場において世界で初めて実用化されたものであった。

西洋の近代劇場が客席と舞台を「額縁(プロセニアム)」で厳格に切り離す方向へと進化したのに対し、歌舞伎は「花道(はなみち)」によって客席のど真ん中へと舞台を突き出し、観客と役者が呼吸を共にする立体的なスペクタクル空間を創出した。なぜ江戸の芝居小屋は、これほどまでにアクロバティックで機械仕掛けに満ちた驚異の劇空間を生み出すことができたのか。その裏には、観客を熱狂させることに命を懸けた劇作家と舞台職人たちの超絶的な職人魂が息づいていたのである。

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並木正三の革命的発明「廻り舞台」――場面転換の停滞を破った円形回転の奇跡

歌舞伎の舞台機構における最大の金字塔が、宝暦8年(1758年)、大坂の狂言作者「並木正三(なみきしょうざう・1730〜1773年)」によって発明された「廻り舞台(まわりぶたい)」である。

それまでの演劇において、場面の転換は幕を一度閉めて大道具を人力で撤去・設置し直す必要があった。この暗転や幕間の時間は物語のテンポを著しく削ぎ、観客の集中力を途切れさせる最大の弱点であった。この難問を打ち破るため、並木正三は舞台の床面を円形にくり抜き、その円盤の上に表と裏で二つの異なる背景セットを背中合わせに組み上げ、舞台下から回転させて一瞬で場面を切り替えるという驚天動地のアイデアを具現化したのである。

この革命的装置を動かしていたのが、舞台の真下に広がる薄暗い地下空間「奈落(ならく)」であった。仏教の地獄を意味する「奈落底」に由来するこの地下空間において、電気も蒸気機関もない時代、十数人の頑強な舞台番(裏方)たちが巨大な木製の車軸に取り付き、太い棒を押して人力で舞台を回転させていた。

廻り舞台の登場によって、芝居のスピード感は劇的に加速した。屋敷の座敷から一瞬にして庭先へと視点を移す「廻し」、船が波間を進むように景色を動かす演出、さらには回転の途中で役者が演技を続けながら空間が歪んでいくような劇的効果が生まれ、歌舞伎のドラマツルギーは飛躍的な進化を遂げたのである。ヨーロッパの劇場に廻り舞台が導入されたのは1896年(ミュンヘン王立劇場)のことであり、並木正三の発明は西洋に先駆けること実に百四十年近く前の快挙であった。

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異界と現世を結ぶ昇降装置「セリ」と「すっぽん」――地下奈落から現れる幽霊と怪異

廻り舞台と並ぶもう一つの画期的な昇降装置が、舞台床の一部をエレベーターのように上下させる「セリ(迫り)」である。これもまた並木正三の創案とされる。

大きな城郭や屋敷のセット全体を奈落からダイナミックに持ち上げる「大セリ」、役者一人を静かに登場させる「小セリ」など、高低差を活かした立体的な演出が可能となった。とりわけ名高いのが、名作『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』における「三門のセリ上がり」である。巨大な南禅寺山門の二階部分が奈落からゆっくりと競り上がると、豪華絢爛な大泥棒・石川五右衛門が煙管を燻らせながら姿を現す。平坦な舞台が一瞬にして壮大な高空の楼閣へと変貌するその迫力は、観客の度肝を抜いた。

さらに、客席を縦断する「花道」の舞台寄り三割ほどの地点に設けられた小さな正方形のセリ穴を「すっぽん(切穴)」と呼ぶ。首を引っ込めるスッポンのように役者が現れることから名付けられた。このすっぽんは、通常の人間が出入りする場所ではない。妖怪、妖術使い、幽霊、狐や狸の化身など、「この世ならざる異界の存在」だけが怪異の煙(ドロドロという太鼓の音)とともに奈落から姿を現し、あるいは消え去るための専用ゲートであった。『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の仁木弾正(にっきだんじょう)が妖術で大鼠から人間の姿へと現れる場面など、すっぽんは観客のすぐ間近で超自然的な恐怖と神秘を体感させる絶妙な心理装置として機能したのである。

空を翔ける「宙乗り」と早替わりの魔術――観客を熱狂の渦に巻き込んだ視覚のイノベーション

江戸時代後期の文化・文政期から幕末にかけて、歌舞伎のエンターテインメント性はさらなる過激な進化を遂げた。その頂点が「宙乗り(ちゅうのり)」と「早替わり(はやがわり)」である。

宙乗りとは、役者の体に命綱を取り付け、劇場の天井に張り巡らせた麻綱や滑車を用いて、舞台から客席の最上階(三階席)へと空中を飛翔するダイナミックな演出である。初代尾上菊五郎や四代目市川団十郎らが狐の精や天狗の役に扮して宙を舞い、江戸の人々を熱狂させた。提灯の灯りが揺れる芝居小屋の頭上を、桜吹雪のなか巨大な白鷲や雲に乗った役者が優雅に滑空していく光景は、現代のテーマパークのアトラクションをも凌駕する超絶的なスペクタクルであった。

また、一人の役者が一瞬にして全く異なる複数の役に変身する「早替わり」もケレンの真骨頂であった。三代目尾上菊五郎が『東海道四谷怪談』でお岩と小平の二役を演じた際、舞台の戸板に縛り付けられた死体が表裏で瞬時に入れ替わる「戸板返し」や、障子の破れ目から一瞬で首を出す仕掛けなど、観客の視線と心理の盲点を突く驚愕のトリックが考案された。

引き抜けば一瞬で衣装の色柄が変わる「引抜(ひきぬき)」や「ぶっ返り」といった衣裳の仕掛けも、職人技の結晶であった。これらの視覚的イノベーションは、単なる手品ではなく、物語の激的な急展開やキャラクターの真の正体をドラマチックに開帳するための高度な劇的演出として洗練されていったのである。

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伝統芸能に宿るエンターテインメント精神――現代の舞台技術の源流となった江戸の知恵

明治以降、歌舞伎が「古典芸術」とされる過程で、ケレンは一時軽視された時代もあった。しかし、三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)による「スーパー歌舞伎」の復活や、現代の最新テクノロジーと融合した数々の実験的公演に見られるように、歌舞伎の本質とは何よりも「観客を驚かせ、日常の憂さを忘れさせ、心の底から楽しませる圧倒的な大衆エンターテインメント精神」にある。

平坦な板敷きの舞台から始まった歌舞伎は、観客の貪欲な期待に応えようとした表現者たちの執念によって、回転し、昇降し、空を飛び、光と闇を自在に操る魔法の空間へと進化を遂げた。江戸の舞台職人たちが奈落の暗闇で木材と綱を軋ませながら組み上げた英知は、今も世界中の劇場の舞台機構のなかに息づいている。歌舞伎のケレンと舞台機構が放つエネルギーは、時代と国境を越えて、劇場という空間が人間に与えうる最大の興奮と夢を、今なお鮮烈に証明し続けているのである。

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参考資料・出典

  • 服部幸雄『歌舞伎の構造―伝統演劇の空間と身体』平凡社、1989年
  • 河竹登志夫『歌舞伎美論』東京大学出版会、1989年
  • 郡司正勝『かぶき様式論』白水社、1991年
  • 国立劇場編『日本の伝統芸能 歌舞伎の舞台機構』2002年

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