十握剣を構え荒れ狂う嵐と雷鳴を背に八岐大蛇と対峙するスサノオの雄大な神話幻想アート(森の灯り)

スサノオの多面性と荒ぶる神の軌跡――高天原追放から出雲の八岐大蛇退治、八坂の厄除け神への変貌

矛盾に満ちた神格――秩序の破壊者から文化の創造者へ

『古事記』および『日本書紀』に記された膨大な日本神話の神々の中で、スサノオ(建速須佐之男命/素戔嗚尊)ほど強烈な個性と劇的な矛盾を一身に背負った神は他に存在しない。太陽の女神である姉・アマテラス(天照大御神)が高天原の絶対的な統治者として秩序と調和を象徴するのに対し、弟であるスサノオは、暴風雨のように荒れ狂い、既存の規範をことごとく破壊するトリックスター(秩序の攪乱者)として登場する。しかしその一方で、スサノオは出雲の大地に降り立つや、人身御供に怯える民衆を怪物から救い出し、日本最初の和歌を詠み、農耕と製鉄の技術をもたらす偉大な「文化英雄(カルチャーヒーロー)」へと劇的な脱皮を遂げる。なぜ古代の日本人は、一柱の神の中にこれほど極端な破壊と救済の両面性を同居させたのだろうか。その多面的な神格の軌跡を辿ると、古代日本人が自然の猛威とどう向き合い、国土を開拓していったかという精神史の深層が明らかになる。

スサノオは、黄泉の国から帰還した父・イザナギの禊によって誕生した。左目からアマテラス、右目からツクヨミ、そして鼻を洗った際に生まれたスサノオは「海原」の統治を託された。

しかし、成長したスサノオは海原を治めることなく、顎髭が胸元に届くまで泣き喚き、青山の山々を枯らし、川や海の水を干上がらせた。怪訝に思った父・イザナギが理由を問うと、スサノオは「母(イザナミ)がいる根の堅州国(黄泉の国)へ行きたい」と泣き叫んだ。母を恋い慕うあまりに天地を揺るがすこの激しい感情の吐露は、神話学者・折口信夫が「母を尋ねる貴種流離譚」の原基と呼んだように、親子の絆に対する剥き出しの人間的哀愁を感じさせる。怒ったイザナギによって追放を言い渡されたスサノオは、姉のアマテラスに暇乞いをするため、高天原へと登っていったのである。

高天原で嵐を巻き起こしアマテラスの機織小屋を壊す荒ぶる若きスサノオの神話絵巻アート母を恋い哭き高天原を揺るがした荒ぶる神の姿(古典神話イメージ)

高天原の暴虐と天岩戸神話――自然の猛威と共同体の禁忌

スサノオが高天原へ登る際、山川を轟かせて登る姿を「領土略奪」と警戒したアマテラスは武装して対峙したが、天の安河での誓約によりスサノオは身の潔白を証明した。

しかし、誓約に勝利したことで勢いづいたスサノオは、高天原で次々と暴挙に及ぶ。水田の畦(あぜ)を壊して溝を埋め、秋の収穫を祝う大嘗祭の神聖な御殿に糞尿を撒き散らし、さらには神聖な機織小屋の屋根を破って、皮を逆さに剥いだ斑馬(ぶちうま)を投げ込んだ。驚いた機織女は機杼(ひ)に刺さって命を落とし、恐怖と絶望に苛まれたアマテラスは「天岩戸(あめのいわと)」の奥深くに隠れ籠もってしまった。太陽神が隠れたことで世界は永遠の闇に閉ざされ、万の妖異が跳梁する未曾有の危機(常世の闇)が訪れたのである。

この高天原でのスサノオの狼藉は、歴史学や民俗学の視点から見れば、古代の農耕社会における最大のタブー(禁忌)を網羅したものである。水利の破壊、神事の冒涜、死の穢れの持ち込み。スサノオの暴虐とは、古代人が恐れた台風や豪雨、洪水といった「荒れ狂う自然の暴力」そのものの象徴であった。天岩戸開きによってアマテラスが世界に光を取り戻したのち、神々は八百万の神議り(かむはかり)を開き、スサノオの髭と手足の爪を切り抜いて穢れを祓い、高天原から追放(神逐・かむやらひ)したのである。

斐伊川の激流で八つの頭を持つ八岐大蛇に酒を飲ませ十握剣を振るうスサノオの英雄アート出雲の斐伊川における八岐大蛇退治と天叢雲剣の出現(出雲神話イメージ)

出雲の英雄・八岐大蛇退治――製鉄技術と治水の文明史的暗号

高天原を追放され出雲の斐伊川上流に降り立ったスサノオは、八つの頭を持つ怪物「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」の生贄にされようとしていたクシナダヒメと老夫婦に出会う。

スサノオはクシナダヒメを妻にもらうことを条件に、大蛇退治を引き受けた。スサノオはクシナダヒメの姿を小さな「湯津爪櫛(ゆつつまぐし)」に変えて自らの髪の角髪に挿し、老夫婦に命じて強い酒(八塩折の酒)を醸させ、八つの門に八つの酒桶を並べて大蛇を待ち受けた。やがて山を揺るがして現れた八岐大蛇は、酒の芳香に抗えず、八つの頭をそれぞれの桶に突っ込んで酒を飲み干し、泥酔して眠り込んでしまった。その瞬間、スサノオは腰の「十握剣(とつかのつるぎ)」を抜いて大蛇を切り刻み、斐伊川を血の海に変えて民衆を救ったのである。

この八岐大蛇退治は、単なる英雄冒険譚にとどまらない、古代の文明史的な暗号を数多く秘めている。八岐大蛇の「目が赤加賀智(ホオズキ)のように赤く、腹は常に血でただれ、背には苔や杉檜が生えている」という描写は、奥出雲の山肌から湧き出る赤褐色の酸化鉄を含んだ鉱泉や、砂鉄の採掘地(たたら製鉄)の情景と完全に一致する。暴れ川であった斐伊川の氾濫(治水)を鎮め、豊かな砂鉄から得られる製鉄技術を掌握したことが、大蛇退治の背景にあった歴史的真実であると考えられている。

スサノオが大蛇の尾を切り裂いたとき、十握剣の刃が欠けた。不審に思って切り開くと、中から眩い光を放つ霊剣が現れた。これがのちに三種の神器の一つとなる「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、草薙剣)」である。スサノオはこの至宝を独占することなく、姉のアマテラスに献上した。高天原を荒らした破壊者は、民を救い、天下の安寧を願う偉大な守護神へと完全に昇華したのである。スサノオは須賀の地に宮殿を築き、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」という日本最初の三十一文字の和歌を詠み、平穏な家庭を築いた。

京都祇園の八坂神社で疫病退散を祈る篝火と牛頭天王の威容を描いた古典絵画風アート疫病と厄災を鎮める守護神・牛頭天王としてのスサノオ(神仏習合イメージ)

牛頭天王と八坂神社の厄除け――中世神仏習合が育んだ守護神信仰

古代神話におけるスサノオのドラマは、平安時代から中世にかけて、さらなる劇的な宗教的進化を遂げた。その結節点となったのが、京都の祇園社(現在の八坂神社)を中心とする「牛頭天王(ごずてんのう)」信仰である。

牛頭天王とは、インドの祇園精舎の守護神とされ、中国を経て日本へ伝来した異国の神である。荒々しい忿怒の形相を持ち、疫病や天変地異を司る強烈な神格であったが、平安時代の人々はこの外来神を、同じく荒々しい力を持つスサノオと同一視した。疫病をもたらす猛威の神を丁重に祀り上げることで、逆に疫病を祓い除ける絶対的な守護神へと転換させる――これこそが、平安京を襲う疫病の恐怖から生まれた「御霊信仰」と神仏習合の知恵であった。貞観11年(869年)、平安京で大流行した疫病を鎮めるために執り行われた「御霊会」こそが、今日日本を代表する祭礼である「祇園祭」の起源である。

スサノオ=牛頭天王が遺した有名な伝承に「蘇民将来(そみんしょうらい)」の説話がある。旅の途中で宿を求めた牛頭天王に対し、裕福な弟・巨旦将来は冷たく断ったが、貧しい兄・蘇民将来は粟の飯で手厚くもてなした。牛頭天王はその返礼として「後の世に疫病が流行した際には、茅の輪(ちのわ)を腰に着けて『蘇民将来の子孫なり』と名乗れば、疫病を免れるであろう」と約束した。この伝承は、現代の神社で広く行われている「茅の輪くぐり」や、厄除けの注連縄(しめなわ)の風習として、日本人の生活習慣の中に深く息づいている。

荒れ狂う自然の破壊力を受け止め、それを慈悲と救済の創造力へと昇華させていったスサノオの軌跡。恐るべきものをただ排除するのではなく、畏敬の念をもって祀り上げ、自らの守護者へと変容させていくその信仰のあり方は、自然と共生し調和を求めてきた日本人の精神構造そのものを鮮やかに映し出しているのである。

森の灯りの作品で楽しむ日本の歴史

天を裂く雷鳴とともに現れ、荒れ狂う大蛇を薙ぎ払って民を救ったスサノオ――。日本神話が描く神々の息吹と雄大な自然のドラマは、太古の昔から人々の心に勇気と畏敬の念を呼び覚まし続けてきました。

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・観音菩薩の変遷と慈悲の造形――インドの起源から日本における三十三身・救済信仰の展開

参考資料・出典

  • 西郷信綱『古事記注釈』ちくま学芸文庫、2005年
  • 神野志隆光『古事記と日本書紀――神話の歴史学』講談社現代新書、1999年
  • 三浦佑之『スサノオの変容――古代神話の深層』角川選書、2010年
  • 折口信夫『古代研究』(中公クラシックス)
  • 真弓常憲『祇園信仰の研究』朱鷺書房、2002年

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