崩れ落ちた御所の御簾を押し分け暗闇からぬっと現れる巨大な白い骸骨と果敢に迎え撃つ武士の歌川国芳風和風幻想アート(森の灯り)

歌川国芳の奇想と武者絵の世界――巨大骸骨から水滸伝豪傑、江戸幕政を風刺した絵師の闘志

画面を突き破る巨大骸骨――『相馬の古内裏』の衝撃

暗闇に包まれた廃墟の御所。崩れ落ちた簾(すだれ)の奥から、ギチギチと骨の軋む音を響かせ、ぬっと顔を覗かせる白骨の巨頭――。そのあまりの巨大さに、三枚続きの錦絵の画面枠すら収まりきらず、上半身だけで横幅いっぱいに横たわる。手前では、平将門の遺志を継ぐ妖術使い・滝夜叉姫(たきやしゃひめ)が巻物を広げ、迎え撃つ武将・大宅太郎光圀が刀を握りしめて睨み合っている。

歌川国芳(1797〜1861)の代表作『相馬の古内裏(そうまのふるだいり)』である。

現代の怪獣映画やダークファンタジーの特撮シーンを百五十年以上も先取りしたかのようなこの圧倒的構図。それまでの日本の絵画史において、髑髏(どくろ)といえば等身大で描かれるのが常識であった。国芳は、原作の読本に記されていた「何百もの無数の小骸骨が戦う」という設定を大胆に覆し、「一つの超巨大な骸骨(がしゃどくろの原形)」へと集約・再構築したのである。

この常識を打ち破るダイナミズムと映画的カメラアングルこそ、幕末の江戸庶民を熱狂させ、「奇想の絵師」として世界のアートシーンを震撼させ続ける国芳の真骨頂であった。

国芳が描いた骸骨の描写は、単なる空想の産物ではない。当時、オランダから輸入されつつあった西洋の解剖学書(『解体新書』など)の骨格図を熱心に研究し、極めて正確な人骨の構造美を踏まえた上で、巨大なファンタジーへと昇華させていたのである。科学的なリアリズムと奔放なイマジネーションの幸福な融合――ここに、近代への幕開けを告げる国芳芸術の核心がある。

背中に鮮烈な龍や大蛇の刺青を背負い波しぶきの中で大刀を振るう水滸伝の豪傑たちの躍動感あふれる錦絵アート江戸中に刺青ブームを巻き起こした『通俗水滸伝豪傑』(武者絵イメージ)

「武者絵の国芳」の誕生――水滸伝ブームと刺青カルチャー

国芳の画家人生は、決して順風満帆ではなかった。同門の歌川国貞(後の三代目豊国)が美人画や役者絵で若くして華々しい成功を収める一方、国芳は三十代になるまで全く売れず、畳の表替えの内職をして糊口をしのぐ極貧の日々を送っていた。

その国芳を一躍、江戸のトップスターへと押し上げたのが、文政10年(1827年)に発表した『通俗水滸伝豪傑百八人(つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにん)』のシリーズである。

中国の古典伝奇小説『水滸伝』に登場する豪傑たちを、従来の中国風の平板な描写ではなく、隆々たる筋肉、浮き出る血管、そして背中一面にびっしりと彫り込まれた龍や虎、火炎の「刺青(いれずみ)」とともに躍動感あふれるポーズで描き出した。

この武者絵の迫力は、江戸の町火消(まちびけし)や鳶職、船頭といった血気盛んな職人たちの心を鷲掴みにした。国芳の絵を真似て同じ刺青を背中に彫る若者が続出し、江戸の街に空前のタトゥーブームが巻き起こった。「武者絵といえば国芳」という絶対の金字塔は、こうして打ち立てられたのである。

また、国芳は後進の育成にも並々ならぬ情熱を注いだ。その門下からは、「最後の浮世絵師」と称され幕末の激動を描いた月岡芳年(つきおかよしとし)や、明治の劇画・報道画の先駆者となった河鍋暁斎(かわなべきょうさい)、落合芳幾(おちあいよしいく)など、近代日本美術史を揺るがす異才たちが次々と巣立っていった。国芳が弟子たちに教え込んだ「徹底した写生精神」と「枠にとらわれない自由な発想」は、浮世絵という江戸の伝統版画の枠組みを超えて、近代の日本画、洋画、さらには現代の劇画・マンガ文化の土壌を豊かに耕したのである。

たくさんの猫たちが寄り集まって一人の人間の顔や文字を形作る歌川国芳のユーモラスな寄せ絵(だまし絵)アート無類の猫好きが生んだユーモアの極致「寄せ絵と戯画」(江戸戯画イメージ)

猫とユーモアの極致――反骨から生まれた「寄せ絵」と戯画

筋骨隆々の武者絵で頂点を極めた国芳のもう一つの顔、それが「無類の猫好き」であり「ギャグとユーモアの天才」であった。

国芳の工房には常に十数匹もの猫が気ままに歩き回り、絵を描く国芳の懐にも猫が入っていたという。弟子志願者が来ると、まず「お前は猫が好きか」と尋ねたという逸話が残るほどである。

その溢れる猫愛と遊び心が生んだのが「寄せ絵(だまし絵)」である。 たくさんの猫たちが互いに身を寄せ合い、丸まり、前足を伸ばすことで、全体として大きな一人の人間の顔を形作る『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』や、猫の体で平仮名の「ふ・ぐ」や「た・こ」の文字を立体的に表現した文字絵など、見る者を思わずニヤリとさせる視覚トリックアートを次々と発表した。

また、金魚や雀、タコなどの動物を擬人化し、当時の庶民の日常をユーモラスに風刺した戯画は、大人から子供まで幅広い層に愛された。どんなに過酷な世の中であっても、笑いとウィットを忘れない江戸っ子の心意気が、国芳の筆先から泉のように湧き出していたのである。

天保の改革の奢侈禁止令のもとで役人の検閲の目をかいくぐり風刺を込めた錦絵を摺り上げる江戸の下町工房アート幕府の弾圧に筆一本で抗った「国芳の反骨精神」(歴史風俗イメージ)

幕府の弾圧に抗う筆――天保の改革と風刺画の闘志

国芳が生きた幕末は、幕府の権威が揺らぎ、政治的な締め付けが最も激しくなった激動の時代であった。

天保12年(1841年)、老中・水野忠邦によって断行された「天保の改革」は、庶民の娯楽や奢侈を極端に厳しく制限した。浮世絵に対しても過酷な検閲が行われ、役者絵や美人画の出版が禁止され、使用できる絵の具の色数や価格まで細かく制限された。違反した絵師や版元は、手鎖や追放などの厳しい処罰を受けた。

多くの絵師が筆を折る中、国芳は一歩も引かなかった。 弘化元年(1844年)、国芳は『源頼光公館土蜘蛛作妖怪図(みなもとのよりみつこうやかたつちぐもようかいをなすのず)』を発表する。表向きは平安時代の武将・源頼光が土蜘蛛の妖怪を退治する伝説を描いた絵であったが、画面の奥に描かれた無数の奇妙な妖怪たちは、実は贅沢禁止令を出して庶民を苦しめる水野忠邦や幕府の高官たちを痛烈に当てこすった「判じ絵(風刺画)」であった。

これに気づいた江戸庶民は拍手喝采し、幕府の発売禁止処分をあざ笑うかのように絵は飛ぶように売れた。奉行所に呼び出され厳しい取り調べを受けながらも、国芳は「ただの昔の妖怪画でございます」ととぼけ通したという。

権力に媚びず、大衆の側に立ち、筆一本で理不尽な世の中に挑み続けた歌川国芳。その作品に宿る不屈のエネルギーと奔放なイマジネーションは、現代の漫画やストリートアートの精神へと直結する、日本が誇る永遠のポップアートの原点なのである。

明治以降、国芳の浮世絵は海を越えてヨーロッパへと渡り、クロード・モネやエドガー・ドガ、エミール・ガレといった印象派やアール・ヌーヴォーの巨匠たちに計り知れない衝撃を与えた。とりわけ三枚続きのワイドスクリーンを巨大なモチーフで大胆に横断する構図や、極端な遠近法の歪み、そして動物や幽霊を生き生きと描く豊かな擬人化の手法は、西洋の伝統的な一点透視図法に縛られていた画家たちの眼から鱗を落とさせた。国芳の奇想は、極東の島国の一角から、世界の視覚芸術の歴史を不可逆的に塗り替えたのである。

森の灯りの作品で楽しむ日本の歴史

画面を突き破る巨大骸骨の迫力、躍動する武者たちの鮮烈な色彩、そして江戸の町人文化が紡ぎ出した粋とユーモア――。歌川国芳をはじめとする浮世絵師たちが命を削って描いた芸術世界は、現代の私たちにも熱い創造のエネルギーを届けてくれます。

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参考資料・出典

  • 岩切友樹『もっと知りたい歌川国芳 生涯と作品』東京美術、2011年
  • 鈴木春信・歌川国芳他『奇想の系譜』辻惟雄、ちくま学芸文庫、2004年
  • 稲垣進一編『図説 歌川国芳』河出書房新社、2012年
  • 小林忠『浮世絵の歴史』美術出版社、1998年
  • 悳俊彦『国芳の狂画』東京書籍、1991年

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